2006年初版の本書は、漫画家の細川貂々先生が配偶者のツレさんのうつ病を描いたコミックエッセイです。映画やドラマにもなったので、ご存じの方も多いかと思います。就職氷河期、リーマン・ショック、それに伴う景気の低迷などが相次いだ時代に、社会現象としてうつ病がクローズアップされました。
厚生労働省のデータによると、うつ病・躁うつ病の患者数は、1996年で43.3万人であるのに対し、2002年には71.1万人、2005年に92.4万人、2014年には111.6万人と、2000年代に入り著しく増加しています。2023年では躁うつを含む気分障害の患者数は156.6万人にもなるそうです。
私も昭和生まれですが、両親は団塊の世代で高度経済成長期のバブルや学生運動を知る世代。1989年に流行語大賞となった「24時間戦えますか 🎶 」という栄養ドリンクのCMソングのとおり、根性で頑張るのが尊いという親世代からの雰囲気を感じながら育ちました。その風潮が変わりつつあることを肌で感じはじめたのが、ツレうつが大ヒットした頃だったように思います。
急成長するIT技術や、価値観の多様化が進む一方で、2000年にはアメリカに次ぐ第2位の経済大国だった日本経済が下降していく現状を目の当たりにし、多くの人が不安や疲れを感じていたのではないでしょうか。
連日のニュースでは、100社近く履歴書を送っても採用されず絶望する若者、やっとの思いで就職した先がブラックで病む人、新卒採用の枠を減らしたり、リストラせざるを得ない企業の苦しい実情などが取り上げられていました。年功序列や終身雇用が当たり前でなくなり、非正規雇用が増大したのもこの頃です。漫画の中のツレさんの会社も大規模なリストラの後に倒産しています。
貂々さんの絵が可愛らしいのでほのぼの系に見えますが、ツレさんが得体の知れない病気に侵され変わっていくのを見守るしかない貂々さんの苦しみもしっかりと描かれています。いつ治るかも分からないし、励ましてもいけないし、理解不能な言動に困惑するし、一緒に生活する方はイライラするしもどかしいでしょう。
うつ病当事者は自分のことが大変すぎて全く周りが見えなくなっていることがありますが、私も家族や友達に迷惑をかけてしまっていたんですよね。身体の傷のように目に見えないから余計に理不尽に感じたかもしれません。貂々さんから見たツレさんを漫画に描いて見せてくれたおかげで、私も自分と病気を客観的に見直すことができたように思います。
私にとって、ツレうつは時代を映す鏡のようでした。ちょうど私自身のうつ病が発症したのも2005年頃でしたので思い入れが深いです。ツレさんと貂々さんのおかげでこの病気の実態が広く世間に知れ渡り、未知の病から誰もがなる可能性のある身近な病気と認識されるに至りました。私もツレうつを家族に読んでもらい、自分の病気についての理解を得ることができたので、ありがたいことでした。
貂々さんの著書は、文字が少ないのに内容が深く、表現がストレートで理解し易いのが特徴だと思います。特にツレうつは、二人が徐々にネガティブな状況を受け入れて、新しい関係に柔らかく着地していく過程が丁寧に描かれています。続編として、2007年に「その後のツレがうつになりまして。」2011年に完結編の「7年目のツレがうつになりまして。」が出版されています。
配偶者のうつ病という人生の特大マイナスを、漫画家としての大成功と家族の新章スタートに変えてしまう、貂々さんとツレさんの底力が魅力的なシリーズです。

